千葉県を中心に配布しているフリーペーパー『ちいき新聞』の発行を軸に、情報発信や販促支援事業を展開している地域新聞社。創業は1985年で、毎週174万世帯に手配りでポスティングする地域密着型のスタイルを貫いている。2007年には株式上場を果たすなど業界をリードする存在だったが、近年は急激な経営環境の変化に伴って業績不振に苦しんでいた。このまま手をこまねいていれば、グロース市場の上場維持基準(時価総額40億円)に抵触して2027年8月期中に上場廃止になる可能性があった。そのような危機的状況の中で昨年2月に社長に就任したのが細谷佳津年氏。投資家として、また社外取締役として同社の実態を見てきた中で、気づかれずに埋もれていた価値を再評価、経営改革に取り組んできた。アセットとして再定義したのは「創業40年の上場企業としての信頼」「約2,500人の配布スタッフ」「174万世帯のラストワンマイルへのリーチ」「6万人の読者とのインタラクティブなつながり」「年間7,000社との取引」などである。そのアセットを活かすために自前主義に拘らず、企業、行政、地域住民などと積極的に連携する「シーパワー戦略」を推進してきた。24年8月に人材企業のツナググループ・ホールディングス、同年9月には広告、メディア事業の中広という2つの上場企業と相次いで提携。また24年9月にはライツ・オファリング(既存株主に対して新株予約権を無償で割り当てる増資手法)を実施、調達額は4.47億円となり、現預金は10億円を超え、純資産も6億円と自己資本比率が大幅に改善された。これを原資に今後はM&Aを加速、AI、ソフトウエアの研究開発、人材採用や施設の改善などに投資、さらなる飛躍をめざしている。加えて千葉県八千代市唯一の上場企業という立ち位置で、地方の非上場企業を持続可能にする「地域共創プラットフォーム」を提唱、後継者不足で廃業が増えて地域が疲弊する課題解決にも取り組む。
前職のADワークスグループではCFOとして時価総額を10倍にした立役者として知られる細谷社長に現状と今後の戦略を聞いた。(聞き手/清水克久、構成・根本圭子)
上場維持基準のクリアに自信、さらなる成長を確信
―― 2024 年 2 月に地域新聞社の社長に就任して以降、短期間で業績が急伸、株主数も大幅に増えており、市場関係者を含めて多くの人が驚いていると思います。ご自身ではこれまでの成果は想定内だったでしょうか。
細谷 上場維持基準クリアの期限まで2年6カ月しかないという状況で就任し、その間に時価総額を約5倍にしようと掲げた成長戦略「Strategic Plan」を実行してきた結果ですので、今のところの成果やスピード感は想定の範囲内です。ただ、2024年2月末時点では1,216名だった株主数が1年間で3,699名まで増加した過程の中で、地元・千葉県の株主数比率が東京都を抜いて1位になったという点は予想外だった部分です。これにより、「地域社会に便益を提供し、地域の皆様に支えられる上場企業」というあり姿を見出すことができました。しかし、株主数の増加自体は全くの想定外というわけではなく、ライツ・オファリングや自社メディアを通じて地元の皆様に上場していることを認知していただく取り組みなどを戦略的に実施してきましたので、その延長線上にあった成果といえます。
―― メディア業界は活字媒体を中心に業績が伸び悩んでおります。フリーペーパー事業も経営環境は厳しいと思いますが、細谷社長が地域新聞社の歴史や購読者、広告スポンサー、読者などを「アセット」と再評価できた理由はなんでしょうか。
細谷 私自身は、「新しい惑星を発見する」というようなことよりも、既存のものを新たな角度から組み立てる、「コロンブスの卵」的な発想の方が得意です。視点を変えてみれば、全く違う活用方法が見えてくる場合があります。私はもともと投資家の立場から社外取締役として当社に関わっており、当初は私自身もフリーペーパー事業は斜陽産業であると直感していました。しかし、創業以来41年にわたり、毎週174万世帯に手配りでポスティングする地域情報紙『ちいき新聞』の発行を継続してきた結果、とてつもないアセットを獲得していることに気付き、それをフリーペーパーという枠組みにとらわれずに活用できると考えたのです。


―― 当面のミッションである2026年8月期までに上場維持基準である「時価総額 40 億」達成の見通しはどうですか。
細谷 現時点では、十分“いい線”にあると考えています。時価総額は、将来性や成長ポテンシャルに対する評価です。当社のポテンシャルが40億円どころではないのは自明のことなので、市場や投資家の皆様にそれがしっかり伝われば、40億円という基準はクリアできると見ています。
―― その先の 2030年までに「時価総額100億円」はさらに難題と思いますが、勝算はありますか。
細谷 100億円達成の勝算についてですが、私にとっては40億円を超えれば、100億円は延長線上にあると感じています。現在走らせている複数の施策のポテンシャルが評価され40億円を突破すれば、それらの実績をしっかり積み重ねることで自ずと100億円も見えてきます。前職でも10億円から40億円に達した後は、100億円以上になるまであっという間でした。実際に経験していますし、市場において「40億から100億までの+60億円」というのは誤差の範囲内です。ですから、40億円から先のハードルとしては、500億円、1,000億円という世界を見ています。
“ビッグデータ×生成Ai”の融合で新しいマーケティングソリューションを開発
―― 2025年12月に権利化されたAI 関連特許(生成 AI を活用した心理状態デジタルツインによる介入効果最大化技術)とはどのようなものですか。
細谷 本特許技術は、消費者行動ビッグデータ基盤と生成AI技術を融合することで、個々のユーザーの心理状態とペルソナ特性をリアルタイムで推定・再現し、広告配信をはじめとするソリューションの効果を最大化するものです。具体的には、自社メディアなどを生かして収集したアンケート回答情報、応募情報、過去の購買履歴、閲覧ログ等の多次元データに対して、生成AIを適用し、各ユーザーに対応する「心理状態とペルソナの統合モデル(デジタルツイン)」を生成・更新します。このデジタルツインは、ユーザーの関心・欲求・ストレス・購買意欲などの内的状態に加え、年齢増や価値観、生活パターンといったペルソナ的特徴も包括した時系列モデルとして構築され、広告接触前後の行動変容との因果的関係性の分析を可能にします。さらに、本技術は心理状態の変化をトリガーとした動的な広告配信制御(例:介入タイミングの最適化、訴求内容の自動生成)を実現しており、単なるセグメント配信ではなく、「今この瞬間の心理」に応じた広告表現・訴求戦略を展開できる点において、従来の広告最適化技術とは一線を画するものです。海外展開も見据え、PCT(特許協力条約)出願も完了しております。

―― 実用化されると営業や販促で大きな成果が期待されますね。
細谷 この技術は、マーケティング領域におけるパーソナライズ精度とROI(Return On Investment ・投資利益率)向上を同時に実現するものであり、「ビッグデータ × 生成AI × 行動科学 × ペルソナ設計 × ソリューション最適化」という融合領域における実装可能かつ高応用性を持つ先端技術として位置づけられます。将来的には、広告のみならず、あらゆる業種に対するダイレクトセールス、ダイレクトマーケティングなど、さまざまなソリューションに応用することで無限に拡張していけるポテンシャルを持っています。
廃業が増えている地方の非上場企業を存続させる「地域共創プラットフォーム」構想
―― 本業とは別の領域として掲げている地域活性化や後継者不足などの課題を解決する「地域共創プラットフォーム」構想とはどのようなものですか。
細谷 地域創生や後継者不足、地域衰退といった課題に対して、少子化対策や補助金の活動、観光誘致など、各地で多様な取り組みが行われていますが、どの地域にも通用するような汎用性のある決定的なソリューションには、いまだ至っていないというのが現状だと思います。私は、地域創生の起点となる最初の歯車は「持続可能な働き場所を提供し続けること」だと考えています。企業が持続可能な状態になれば、安定した雇用が生まれ、人が地域に定住し、生活が営まれ、結果として消費も活性化していきます。
日本には約300万社の企業がありますが、その大多数は非上場企業です。多くの企業は創業者が立ち上げ、自らが株主となります。しかし、これが2世代目、3世代目と続いていく中で、経営の持続可能性が失われていくという現実があります。そうした将来が不透明な企業に、若い世代が「就職したい」と思えるでしょうか。「どうせ働くなら東京の上場企業で」と考えるのが自然な流れかもしれません。この状況に対して、地域の非上場企業を持続可能にし、「職住近接」を実現するための仕掛けが「地域共創プラットフォーム」です。
―― どのようなスキームになりますか。
細谷 具体的には、「株式交付」(100%取得の場合は「株式交換」)という手法を用いて、非上場の地元優良企業と当社がグループ会社として協調・共存していく仕組みです。地元優良企業のオーナーが自社株式を当社に譲渡し、その対価として当社の株式を受け取ります。これにより、当該企業は当社のグループ会社となり、オーナーは親会社である当社の株主となります。法的には子会社の位置づけとなりますが、実際には上下関係のないDAO型(分散型)組織としての運営を想定しています。そのため、地元優良企業は上場会社である当社の信頼性・資金調達力・人材ネットワークなどを活かしながら、従来どおり自立的な経営を継続できます。 また、地域企業が当社グループに参画することで当社の連結業績の拡大につながり、企業価値が向上した結果、株式交換により当社株主となった元オーナーの資産価値も上昇するという「正のスパイラル」が生まれます。さらに、参画企業が増えれば増えるほどプラットフォーム全体の価値が高まるという連鎖により、地域経済の持続的な活性化が期待できます。千葉県は地域再生のロールモデルとなり得るポテンシャルを有しており、千葉県での成功事例を他の地域へ部分的に応用することも可能です。私たちは、「地域に支えられる上場企業」だからこそ実現できるこの仕組みを通じて、新しい地域経済循環モデルを千葉県から全国へ広げていくことを目指しています。

―― 前職の AD ワークスグループではライツ・オファリングなどの革新的な取り組みで企業価値を上げました。地域新聞社の再生、復活でも革新的なソリューションの導入のほか、社員や株主などと協調しながらトップダウンも必要かと思います。細谷さんにとって企業経営とは何でしょうか。
細谷 企業経営において大切なことは、普通の非上場会社を持続可能な状態にすることです。だからこそ、「地域共創プラットフォーム」の構築に取り組んでいます。経営手法という観点では、時にトップダウンは必要だと考えています。ただし、それは“独裁”とは異なります。トップが意思を持つこと、そしてその意思を貫くための構えを持つことがまず前提です。私はこの点をオーケストラに例えることがあります。指揮者は演奏自体には音を出しませんが、いなければ不協和音が生まれます。トップが意思を示さず、組織をまとめる役割を果たさないなら、優れた人材が揃っていても良い“演奏”にはなりません。

また、「有事」と「平時」では求められるマネジメントのスタイルが異なります。平時であれば、現場の自律性や自発性を尊重すべきで、むしろ自分で考えて動けない人に対しては「あなたは何をしたいのか?」という問いかけをし、主体性を促すことも必要です。しかし、特に企業再生が必要な局面、いわゆる「有事」においては、細かくアクションプランを経営発で促すべき場面もあると考えています。